プログレスの月って、占星術で運勢を読むにはとても大事なポイントと言われてます。
私のプログレスの月は、今、ディセンダントと合になりかけてて、4月中旬には7ハウスに入っていく予定です。
プログレスの月はアングルという点(1ハウス、4ハウス、7ハウス、10ハウス)を超える時に影響が大きいと言われています。
その次に、ハウスをまたぐときに影響を受けやすいです。
私のプログレスの月は、ホロスコープの下半分を15年くらいかけて進んできました。
上半分を通過していった場合は、割と人目につくと思うので、影響が分かりやすいのですが、下半分を通過しているときって、体感しやすい変化って起こり辛いと思うんですよね。
因みにどんな感じだったのかなぁとざっくり見てみますと、、
19歳くらいで1ハウス(アセンダント)を通過
→大学に入学。しかし思ったような学生生活ではなく、もー辛い辛いしかなかった笑
なんか今までうまくいってた事を捨てて、新しい自分になり始めたって感じだったかな。記憶が曖昧なくらい、暗い気持ちになってました。
22歳くらいで2ハウスへ
→就活が絶好調でして、、周囲よりも大して苦労しませんでした。応募した会社もそもそも少なかったし、すぐに内定もらった感じでした。余った学生時間は全部バイト笑お金を稼ぐの好きでしたねー。新卒で入った会社も、新人で何もしてないくせに、ボーナスがあり得ないくらい高くてウハ!って思った笑
24歳〜25歳くらいで3ハウスへ
→新卒で入った最初の部署が最悪でして、お局のイジメに遭ったので、別部署へと異動。その部署は外国部という部署で、海外製品を輸入して日本に販促かけて売る仕事。3ハウスの対岸って、9ハウス 。私は9ハウスに太陽持ってますので、ここに月が来た事で、ようやく9ハウスの太陽が稼働した感じ。N太陽とP月で満月になりますもんね。目立つし派手でした、自分。
異動前も海外商材は担当してましたが、こちらの部署に来たら、有名な海外商材の担当になったので、国内外の出張も多くなり、結構充実しました。この時期に、ポールダンスも習い始めたし、やたら夜遊びして交友関係広がったのもこの辺り。コミュニケーションや学びを表す3ハウスならでは!
27歳くらいで4ハウスへ
→会社の仕事は充実してたのに、28歳くらいになってから、突然ここは私の居場所ではないと感じ始めて、会社を辞めてしまいました。ある程度やりたかった事も早々に実現出来てしまったというのもあり、同じことをひたすら続けることに苦痛を感じました。
そして、年齢的に遅かったですが、実家も出ました。その直後、父が癌になりました。4ハウスのせいか、とことん家族と向き合う時間になりました。ここからまた流れは変わっていきました。ちょうど父が亡くなった5月にP月は5ハウスへと移行し始め。。
30歳くらいで5ハウスへ
→この頃、転職先の会社も辞めて、一時的にニート笑
パーソナルメイクやカラーや骨格診断なども学びましたが、あまりにもちゃっちく感じてしまい、意気消沈。化粧品業界で働いてたから、そのギャップが大き過ぎた。こんな事も知らない人がこんな高額料金でメイク教えてんの?的な。。
その後、自由に動きたくて派遣に変えましたが、派遣も派遣で私的にダメで笑
メイクを教える仕事を自分でしようと決心したのに自信がなくて出来ませんでした。こから、一度、仕事というより遊ぶことを優先した気がします。父の死を乗り越えるために。童心に戻った感じでした。映画観まくり、ミュージカル観まくり、ディズニーに行きまくりで、、笑
そしたら、舞台に触発されてメイクの専門学校へ通うことにしました。どうしても、プロになりたいと思ったのです。そう、小さい頃の夢はメイクアップアーティストでしたし、人に夢を与えるような仕事がしたかったって気がついた感じです。5ハウス的ですよねー。元々獅子座のハウスですし。
32歳頃に6ハウスへ
→学校も卒業し、派遣社員も辞めて、プロのメイクアップアーティストとして一から修行のはじまり。バイト掛け持ちしながら、学んだことにさらに経験を積んでいく時間。
6ハウスだからか、マジで辛い。報われる気がしない。そして今に至るという感じです。
意外とそのまんまな流れですね笑
ハウスの大きさは人それぞれなので、そのハウスが大きければ大きいほど、そのハウスは学びがあります。
そして、アングルをまたぐときは、かなり分かりやすく変化が起きます。その日ピッタリじゃなくても、前後半年から1年くらいで見るといいと思います。
私は次にアングルを超えるのが来月です。今までやってきた経験を外にアウトプットする時期というわけです。そして交友関係もガラッと変わる予定。
今は何も予測つきません。大抵予想外な展開をする事が多いから。
こうやって遡っていくと、自分の棚卸が出来るので面白いですよ。
Nao